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2019.06.27コラム知っていますか? 骨の治癒力

ある日私の外来に、80代のおばあさんが救急車で運ばれて来ました。おばあさんは、大腿骨の骨折で、私は付き添ってきた娘さんに手術の必要があることを説明しました。 そこで娘さんは、耳の遠い母親に言いました。
「お母さん、骨が折れているんだって。お母さんはもう年だから、私らの骨みたいにすぐに治らないんだって。手術して金属でつながないと歩けるようにならないんだって。」
お年寄りの骨折は当院の救急外来でも最も多い外傷のひとつです。骨の強度(骨密度)は 図.1 のように35歳前後をピークに減少の一途をたどり、骨粗鬆症になっていきます。その結果、骨粗鬆のすすんだお年寄りの弱い骨が骨折を起こしてしまうのです。



しかし、折れてしまった骨の治癒力も同じように年齢とともに衰えていくのでしょうか? 
一般的に『骨の治癒は若いほど早く、年をとるほど遅い。』とされています。
今から10年ほど前、私はこの骨の治癒力を調べるためある実験を試みました。これは、各年代の人の骨を採取して培養し、決まった期間中にどれだけ増殖するかを調べるという実験でした。その結果は 図.2 の通りで『若ければ若いほど治癒力は高いが、30歳前後を境にしてそれほど大きな治癒力の差は見られない。』ということがわかりました。



そこでこの結果を、先程娘さんがされた説明に置き換えて考えてみましょう。50代の娘さんの骨も、80代のお母さんの骨も、治癒力自体にそれほどの差はないと言うことが出来ます。ただ骨折が治る過程を考えてみると、治癒力のみがすべてではなく、筋力すなわち、日常生活の活動性(ADL)が関わり、これが優れていればいるほど、リハビリテーションはやりやすくなります。
また骨は、体重をかけることにより、治癒力が加速されるという性質ももっています。このため筋力の衰えたお年寄りには、骨が自分でつながるのをじっとして待つよりも、手術により骨をしっかりと接合して、一日も早くリハビリテーションを始める、ということが望まれるのです。そうすることが、これ以上の筋力の低下を食い止め、日常生活の活動性(ADL)を維持し、ボケ防止にもつながります。
従って結果的には、娘さんの説明は大正解であったわけで、私はこういった理由で娘さんにお母さんの手術を勧めたのです。